この記事はバージョン Winter ’26 において執筆しています。
現在の動作と異なる場合がありますので、ご認識おきください。
Salesforce Experience Cloud を導入する際、最初の、そして最も重要な意思決定プロセスが「ライセンス選定」です。
Salesforceのライセンス体系は複雑であり、特に外部ユーザー向けライセンス(旧称:Community ライセンス)は、機能差とコスト構造が入り組んでいます。「とりあえず安いもので」と安易に選定したがために、プロジェクト後半で手戻りが発生するケースも少なくありません。
この記事では、公式ドキュメントの記述を噛み砕きつつ、現場の実務家としての視点から、「失敗しないライセンス選定の基準」と「コスト試算のロジック」を解説します。
はじめに:なぜライセンス選びで失敗できないのか
Experience Cloud プロジェクトにおいて、ライセンス選定は単なる「購入品目の決定」ではありません。それは「サイトのアーキテクチャ(設計思想)」そのものを決定づける行為です。
例えば、最も安価なライセンスを選択した場合、Salesforceの強力なセキュリティモデルである「ロール階層」が使用できなくなります。プロジェクトが進んでから「やはり特定の代理店だけにデータを共有したい」という要件が出てきたとしても、ライセンスの制約により実装不可能、あるいは大規模なデータ移行(ライセンスのアップグレード)を余儀なくされることになります。
後からの変更には、多大な労力と追加コストがかかります。だからこそ、初期段階での論理的な判断が不可欠なのです。
多くのプロジェクトで、「最初はスモールスタートだから」という理由で最下位のライセンスが選ばれがちです。しかし、私の経験上、顧客向けポータルは「一度公開すると、機能要求が雪だるま式に増える」のが常です。
特に「レポートやダッシュボードを顧客に見せたい」という要望は後から頻出します。迷いがある場合、将来の拡張性を担保する「Customer Community Plus」以上のライセンスを最初から提案・採用しておくことが、結果としてTCO(総所有コスト)を抑える賢明な選択となることが多いです。
Experience Cloud ライセンスの「3つの基本タイプ」
Experience Cloudのライセンスは多岐にわたりますが、実務で頻出するのは以下の3つの基本タイプです。それぞれの機能差と、適したユースケースを整理します。
(1) Customer Community (CC)
「B2C向け・大量ユーザー向けのエントリーモデル」
最も安価で、数万〜数百万ユーザー規模のサイトに適したライセンスです。
- 特徴:
- ロール階層がありません: 通常の共有ルールは使用できず、「共有セット (Sharing Sets)」という簡易的な共有機能を使用します。
- レポート閲覧不可: ユーザーはレポートやダッシュボードにアクセスできません。
- レコード所有不可: ユーザー自身がレコードの所有者(Owner)になることはできません。
- 主なユースケース:
- FAQサイト、ナレッジベース
- 会員情報の変更や、問い合わせ(ケース作成)のみを行うシンプルなB2Cポータル
(2) Customer Community Plus (CC Plus)
「高度な共有と分析が可能な、内部ユーザーに近いモデル」
CCライセンスの上位版です。名前に「Plus」と付くだけですが、裏側のアーキテクチャは別物と考えた方が良いでしょう。内部ユーザー(Sales Cloud等)に近い権限体系を持ちます。
- 特徴:
- ロール階層が使用可能: 複雑な共有ルールやチーム共有が利用できます。
- レポート閲覧可能: 自分のデータに基づいたレポートやダッシュボードを閲覧できます。
- 委任管理者: 外部ユーザーに、他の外部ユーザーの管理(パスワードリセット等)を委任できます。
- 主なユースケース:
- 複雑な閲覧権限が必要なB2Bポータル
- 顧客にステータスや実績グラフを見せるダッシュボード提供サイト
(3) Partner Community (PC)
「販売プロセス(商談)を共有する、パートナー/代理店専用モデル」
SalesforceのCRM機能(商談管理)を外部に拡張するための最上位ライセンスです。
- 特徴:
- CRMオブジェクトへのアクセス: CC Plusの全機能に加え、リード (Lead)、商談 (Opportunity)、キャンペーンへのアクセス権を持ちます。
- 主なユースケース:
- 代理店向け受発注ポータル
- パートナー企業との案件共有・コラボレーション
開発者(LWC/Apex)の視点で見ると、CCライセンスとそれ以外(Plus/Partner)では、レコードアクセスの計算負荷が異なります。
CCライセンスはロール計算がないため非常に軽量でパフォーマンスに優れますが、Apexでの User オブジェクト操作や共有の計算ロジック(Sharing Calculation)の実装時に、共有セット特有の挙動を考慮する必要があります。「Plusに上げれば共有ルールで解決する」という場面でも、あえてパフォーマンス重視でCCを選び、LWC側で制御する…といったアーキテクトとしての腕の見せ所でもあります。
オブジェクト・機能アクセス早見表【保存版】
ライセンスごとの機能差を一覧化しました。プロジェクトの要件定義フェーズで、この表を横に置いて議論することをお勧めします。
| 機能 / オブジェクト | Customer Community (CC) | Customer Community Plus (CC Plus) | Partner Community (PC) |
|---|---|---|---|
| 主な対象 | B2C, ヘルプセンター | B2B, 高機能ポータル | 代理店, パートナー |
| ロール階層 | |||
| 高度な共有 (共有ルール) | 共有セットのみ | ||
| レポート/ダッシュボード | |||
| 委任管理 | |||
| 取引先 (Account) | 参照のみ | ||
| 商談 (Opportunity) | |||
| リード (Lead) | |||
| キャンペーン (Campaign) | |||
| ケース (Case) | |||
| カスタムオブジェクト | 100個まで | 100個まで | 100個まで |
よくある誤解ですが、Customer Community (CC) ライセンスでも、取引先 (Account) レコードへのアクセスは可能です(ただし、自分の取引先に対する参照アクセス権など、制限付きです)。
また、カスタムオブジェクトの上限「100個」は、標準的なポータル構築においては十分すぎる数です。ここがボトルネックになることは稀ですので、標準オブジェクト(商談など)へのアクセス権の有無を最優先の判断基準にするとよいでしょう。
課金モデルの選び方:「メンバーベース」vs「ログインベース」
機能(ライセンスタイプ)が決まったら、次は「どう支払うか」を決めます。Experience Cloudには、独特な2つの課金モデルが存在します。
(1) メンバーベース (Member-based)
従来のSalesforceライセンスと同様、「指名ユーザー」に対して課金するモデルです。
- 仕組み: ユーザー1人につき1ライセンスを購入。
- メリット: そのユーザーが月に何回ログインしても、あるいは一日中ログインしたままでも、コストは固定です。
- 適したケース: * 代理店の従業員など、業務の一環として毎日必ずログインするユーザー。
- 社内イントラネットのような使い方。
(2) ログインベース (Login-based)
「月間のログイン回数」に対して課金するモデルです。
- 仕組み: 「月間ログイン数(クレジット)」を購入し、全ユーザーでそのクレジットを消費します。ユーザー数は無制限に登録できます。
- 消費のルール: 1回のログインで1クレジット消費します。ただし、同一ユーザーによる24時間以内の再ログインは消費されません。
- 適したケース:
- B2C顧客ポータルなど、登録ユーザー数は多いが、月に数回しかアクセスしない場合。
- 季節変動(繁忙期のみアクセス増)がある場合。
どちらが得かの損益分岐点
価格は契約条件によりますが、一般的に「月4〜5回以上のログイン」が分岐点と言われています。
- ユーザーが月に1〜3回しかログインしないなら ログインベース が圧倒的に有利。
- ユーザーが週に2回以上業務で使うなら メンバーベース の方が安心。
コスト試算の罠
ログインベースを選択する際、「年間合計」で購入できる点を見落とさないでください。 例えば「月間1,000ログイン」を購入した場合、年間で「12,000ログイン」の枠を持てます。ある月に2,000回使っても、別の月に少なければ年間で相殺可能です。
キャンペーン等で突発的なアクセス増が見込まれるサイトでは、この「年間の総量規制」という性質を活かしたログインベース契約が、リスクヘッジとしても機能します。
ケース別ライセンス選定フロー
ここまでの話をまとめると、選定フローは以下のようになります。

- 商談 (Opportunity) や リード (Lead) を使うか?
- Yes → Partner Community 一択
- No → 次へ
- ロールベースの共有、またはレポート閲覧が必要か?
- Yes → Customer Community Plus
- No → Customer Community (最もコスト効率が良い)
- ユーザーの利用頻度は高いか? (週1回以上など)
- Yes → メンバーベース
- No → ログインベース
見落としがちな注意点と制約
最後に、契約してから「話が違う!」とならないための、技術的な制約事項を共有します。
データストレージの制約
xperience Cloudライセンスを購入しても、組織のデータストレージ(Data Storage)は微々たる量しか増えません。
特に Customer Community ライセンスは、データストレージの追加容量がほぼゼロに等しいです。大量のレコードを作成するポータルの場合、別途ストレージ容量の追加購入が必要になる可能性が高いです。
APIコールの制限
外部ユーザーからのAPIリクエスト(カスタムApex REST APIなど)にも制限があります。 特にログインベースの場合、購入したログイン数に応じてAPIコール数の上限が決まります。
SPA (Single Page Application) 構成で、画面遷移のたびにAPIを叩くような設計にする場合、この上限に抵触しないか注意が必要です。
まとめ
Experience Cloudのライセンス選定は、「機能要件(何がしたいか)」と「利用頻度(どれくらい使うか)」の掛け合わせで決まります。
- Partner Community: 代理店との協業(商談共有)
- Customer Community Plus: リッチなB2B/B2Cポータル(レポート・複雑な権限)
- Customer Community: シンプルなB2C/FAQサイト(コスト重視)
そして迷ったときは、将来の拡張性を含めてアーキテクトやSalesforceの担当者と深く議論することをお勧めします。
この記事が、あなたのプロジェクトの堅実なスタートの一助となれば幸いです。
参考URL
Experience Cloud User Licenses (Experience Cloud ユーザーライセンス)


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